光の量子性#
最近、レーザーを用いた量子消去の実験[1]の意義について異論が唱えられている。 レーザーのような強い光を用いた実験は、 古典電磁気学の範囲で説明できるので、 量子的とはいえないというものである。 光子1つ1つが見えるような微弱な光を用いるものだけが量子的な実験だというのである。 一見もっともらしいので、飛びつく人も多そうであるが正しいとはいえない。 このような批判は新しいものではなく、光を用いた幾何学的位相、量子Zeno効果、弱測定などの実験に対し、たびたび登場しては、的外れであるために消えていったものである。
量子性のポイントは「波動性」と「粒子性」の両立にある。 古典的に説明できる光の波動現象を粒子的に理解することは量子論の重要な課題である。 上記のような批判は、光の量子性を光の粒子性のこと(ポツポツであること)と 勝手に読み替えることから生じていると思われる(*)。
全く古典的に見える光の実験が量子論の理解に役立つかという点については、 ディラックの教科書[2]の冒頭(2節、3節)で取り上げられている。 ぜひ、ゆっくりと読んでもらいたい。 偏光やダブルスリットといった光の古典的(にも理解可能な)実験を通して、 波動性と粒子性を合わせもった「光子」の必要性やその性質が論理的に導かれている。 そして、「光子はそれぞれ自分自身とだけ干渉する」という含蓄のある言葉で結ばれている。 「レーザー光のように強い光を用いるのは量子性に関する実験とはいえない」という拙速な考えをディラック先生はどう思うだろう。
[1] 例えば, R. Hillmer and P. Kwiat: A Do-It-Yourself Quantum Eraser, Scientific American, May 2007, pp. 72-77
[2] P.A.M. ディラック 「量子力学 原著第4版」、朝永他(訳) (岩波書店, 1968) pp. 5–12
(*) 光がポツポツと検出されることを見たければ、フォトマルやAPD(アバランシェフォトダイオード)、あるいは光子計数型の撮像装置などを用いればよい。微弱光に対するダブルスリットの実験は以下のページにある。
(追記) 最近では、2つ分の光子が量子として振る舞うこと(光子対)を利用した実験が多く行なわれている。これに対しては古典的な対応物がなく、量子に対するより深い考察が必要となる。