変位電流をめぐる混乱について

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変位電流をめぐる混乱について#

電束密度の時間微分は変位電流密度と名付けられている.

マクスウェルは理論的考察 (電荷の保存則など)から変位電流の存在を導き, 通常の伝導電流にこれを加えたものを全電流と考えるべきという結論を得た. その結果, 電磁的な変動が波動として伝搬しうること, その速度が電気・磁気定数で表せることを示した.
これが当時知られていた光の速さと一致することから, 光がまさにその波動であると結論した.
後に, ヘルツはコンデンサを用いて変位電流の効果の検出を試みる過程において, 電波を発見するに至った.

磁場と電流を関係づけるアンペールの法則に変位電流項を付け加えたものは, マクスウェル・アンペールの法則と呼ばれ, マクスウェル方程式系の一部をなす.

ところが, 変位電流が存在する状況にあっても, 通常の電流のみに基づくビオ・サバールの式で正しい磁場が求められることが, その後に明らかになってきた. つまり, 「変位電流は磁場をつくらない」ように見えるということなのである.

クーロンの法則から始めて, マクスウェル方程式を目指す, 一般の電磁気学の教科書において, 変位電流はゴールの直前に導入される要素であり, 多角的に検討されることは少ない.
しかし, 一部の教科書において, 踏み込んで「変位電流は磁場をつくらない」という, 誤った主張がなされている (例えば [1], [2]).

この逆説的なステートメントに対して, 変位電流の意義を見出すべく, 様々な理論が提示されたり, 実験が行われたりしてきた. しかし, なかなか決着が付かず混乱が続いているのが現状である [3].

論文 [4]では, 磁場を「電流」と「変位電流」それぞれに起因するものに分離することは <原理的に不可能>であることを示し, 「変位電流は磁場をつくるか否か」という設問そのものが無意味であることを明らかにした.

また, 一般に気づかれていないこととして[5],[6], ビオ・サバールの式には暗黙裡に変位電流の効果が含まれていることも示した [7].


[1] E.M. パーセル, 飯田修一(監訳): 電磁気学(下) (バークレー物理学コース2) (丸善, 1971) 7.12節

[2] 太田浩一: 電磁気学の基礎 I (東京大学出版会, 2012) 7, 11章

[3] 学会誌などでも繰り返し取り上げられる話題となっている. 米国では, Am. J. Phys., 欧州では, Eur. J. Phys. に多くの論文が投稿されている. 我国でも, 「物理教育」の60巻 (2012) において特集が組まれ, その後もいくつかの論文が発表されている.

[4] 北野正雄: 大学の物理教育 27巻1号, p.22 (2021) 入手困難であれば連絡ください。pdf

[5] 「ビオ・サバールの式を用いて変位電流を求める」 operator.pdf

[6] D.J. Griffiths: Introduction to Electrodynamics, 3rd ed. (Prentice Hall, 1999) Prob.7.55

[7] 北野正雄: 大学の物理教育 27巻2号, p.104 (2021) 入手困難であれば連絡ください。pdf